
ニデックは工作機械大手の牧野フライス製作所へのTOB(株式公開買い付け)を撤回すると発表した。牧野フライスに対する「同意なき買収」に踏み切ったニデックは、牧野フライスが導入した対抗策の差し止めを求める仮処分を東京地裁に申し立てたが、却下された。TOB撤回の理由について、ニデックは対抗策による損害の回避と主張している。だが、実はニデックが進めていた買収計画にはある大きな誤算が生じていた。それがTOB撤回の引き金となった可能性がある。ニデックの大誤算とは。(ダイヤモンド編集部副編集長 名古屋和希)
ニデックが同意なき買収を撤回
撤回のタイミングに疑問の声も
「本公開買付けを維持することは著しく経済合理性を欠くことになりかねない」。ニデックは5月9日、工作機械大手の牧野フライス製作所へのTOB(株式公開買い付け)撤回の届出書を関東財務局長宛てに提出した。届出書では、牧野フライスによる新株予約権を使った対抗策を撤回理由に挙げている。
「同意なき買収」が勃発したのは昨年12月末。ニデックが牧野フライスに対し、4月4日から1株1万1000円でTOBを実施すると予告したのだ。完全子会社化を目的とし、買収総額は2570億円。事前の通知や協議は一切なく、極めて異例の「事前打診・事前交渉なしTOB」となった。
牧野フライス側は、買収提案を検討する時間が必要であると主張し、TOB開始を約1カ月延期するようニデックに要望したものの、ニデックは拒絶。再三の要請を拒否された牧野フライスは3月、ニデックがTOBを延期しない場合、ニデックと一般株主の間で条件が異なる新株予約権を無償割り当てする対抗策を公表した。
だが、ニデックは予定通り4月4日にTOBを開始。これに対し、牧野フライスの取締役会は4月10日、TOBへの反対を表明し、対抗策を発動する方針を決めた。ニデックは対抗策の差し止めを求める仮処分を東京地方裁判所に申し立て、両社の戦いは法廷に移った。
そして、5月7日、ニデックは同日付で仮処分申請の申し立てが東京地裁に却下されたと発表。東京地裁は「競合する提案の受領や検討などのための合理的に必要な時間を確保することを目的とした対応にとどまる」として差し止めを認めなかった。すると、ニデックは翌8日、TOBを撤回すると発表した。
冒頭でも触れたように、ニデックはTOBの撤回理由について、「損害が生じる恐れがある」と強調している。仮に、ニデックのTOBが成立した後に、牧野フライスの株主総会で対抗策の発動が承認され、実際に発動されれば、ニデックが保有する牧野フライス株は希釈化されるために、そのように表現しているとみられる。
ただし、ニデックは牧野フライス買収に並々ならぬ執念を見せてきた。ニデックは工作機械事業を新たな収益の柱に据え、積極的なM&A(合併・買収)を仕掛けてきた。航空機や電気自動車向け部品の加工などに強みを持つ牧野フライスを傘下に収めれば、工作機械事業での「売上高1兆円、世界首位」の大目標に向けて前進する。
このタイミングでのTOB撤回に業界内でも疑問の声が多い。そもそも東京高裁への即時抗告に踏み切らなかったことがまず極めて異例といえる。さらに、TOB期間を延長する一手も取り得たはずだ。牧野フライスは、ニデックが期間延長に応じた場合、対抗策を発動しないとしていたからだ。
ところが、ニデックは東京地裁に申し立てが却下されると即座にTOB撤回を決めている。なぜか。実は、ニデックが進めていた買収計画には、ある大きな誤算が生じていた。その誤算とは東京地裁の判断にも影響を与え、TOB撤回につながったとみられるのだ。そして、ニデックの誤算はM&Aを進める日本企業にとっても無関係ではない。次ページでは、その大誤算について明らかにする。一方、その誤算に関連し、ニデックの情報開示のあり方を問う声も出ている。